brandブランドの話

KAISEI chocolate laboratory 誕生の記録

なぜ、
味を揃えないのか。

神奈川県西部。富士山を望み、酒匂川が流れる開成町。
都心から一時間ほどの場所にありながら、今も田園風景が残るこの
町に、KAISEI chocolate laboratoryの小さな工房がある。

代表の藤原隆司さんは、もともとチョコレート職人ではなかった。長年、IT業界で事業やシステムの設計に携わってきた人だ。

そんな藤原さんが、なぜチョコレートをつくることになったのか。
話を聞いていくと、その始まりは「理想のチョコレートをつくりたい」という夢が最初にあったわけではなかった。

開成町で、自分たちが本当に良いと思えるものをつくりたい。
食べる人にも、つくる人にも、誠実なものをつくりたい。
その答えを一つずつ探していった先に、KAISEIのチョコレートは生まれた。
そして、その過程で選んだ方法は、カカオが本来持っていた個性まで残すことになった。なぜ、KAISEIは味を揃えないのか。その理由をたどっていくと、一枚のチョコレートの向こう側にいる、さまざまな人たちの姿が見えてくる。

藤原さんは、昔からチョコレートが好きだった。
新しい店を見つけては訪れ、さまざまなブランドの商品を食べてきた。けれど妻の悠さんは、同じようには楽しめなかった。

アレルギーへの不安があり、原材料によっては口にすることができない。チョコレートにも、積極的に手を伸ばすことはなかった。
同じテーブルについていても、
一人は食べられる。一人は食べられない。
それは、人生を左右するほど大きな出来事ではないかもしれない。けれど、暮らしの中には小さな寂しさが残る。
そこで藤原さんは、悠さんも食べられるチョコレートを、自分でつくってみることにした。
使ったのは、カカオと砂糖だけだった。
味について、大きな期待があったわけではない。
まずは、食べられればいいと思っていた。
ところが、できあがったチョコレートを口にした悠さんは、こう言った。

妻と同じチョコレートを食べたかった。

「これ、おいしい」

まさかの言葉だった。食べられるだけで十分だったからだ。
それなのに、おいしいと言ってくれた。
カカオと砂糖だけで、これほど香りがあり、果実のような味わいが生まれる。
その事実は、藤原さんにとって一つの発見だった。
「何かを足さなければ、おいしくならない」と思い込んでいたものが、
実は余計なことをしなくても、すでにおいしかった。
その一枚が、KAISEIの原点になった。

開成町でつくるなら、
誠実なものをつくりたかった。

藤原さん夫婦が東京から移り住んだのは、神奈川県西部にある
開成町だった。富士山を望み、酒匂川が流れる。

利便性だけを考えれば、東京の方が暮らしやすかったのかもしれ
ない。
それでも二人は、この町に降り立ったとき、直感的に「ここがい
い」と感じた。

藤原さんはWEBコンサルタント。悠さんはプログラマー。
二人とも長く、デジタルの世界でものづくりをしてきた。
移住後、藤原さんは町のために、自分の経験を生かしたいと考えた。
地域のIT支援にも取り組んだが、思うようにはいかなかった。
そんな中、都内から遊びに来た友人たちが、帰りに小田原で土産を買っていく姿を何度も目にした。
開成町に魅力がないわけではない。ただ、その魅力を持ち帰れる形がない。
そこに、藤原さんは町の課題を見つけた。
いつか開成町を訪れた人が手に取り、この町から生まれたものとして持ち帰ってくれる。
そんな商品があれば、町の魅力を外へ運ぶことができる。
そして、つくるなら、自分たちが本当に良いと思えるものでありたいと考えた。

「自分たちが
良いと思えないものを、
マーケティングで
良く見せて売ることは
したくありませんでした。

一からつくるなら、
原料のことも、
つくる人のことも、
買ってくれる人のことも、
自分たちで考えたかったんです」

チョコレートは、カカオからつくられる。当たり前のことだ。
しかし、そのカカオを誰が育て、どのような暮らしをしているのか。
藤原さんは、そこから考え始めた。

一枚のチョコレートの向こう側に、
暮らしている人がいる。

チョコレートについて調べるほど、藤原さんはカカオ産業が抱える問題を知ることになった。
世界中で大量のチョコレートが消費されている。その一方で、原料となるカカオを育てる農家の多くは、十分な収入を得られていない。児童労働の問題も残っている。カカオの価格が上がっても、その利益が生産者の暮らしに十分還元されるとは限らない。
豊かな国でチョコレートを楽しむ人がいる。その一枚をつくるために働きながら、豊かになれない人がいる。
藤原さんは、その構造に強い違和感を覚えた。

「チョコレートをつくるなら、
カカオをつくっている
人たちのことを
無視することは
できませんでした。
自分たちだけが利益を得て、
生産者が苦しいままでは、
良いものをつくっているとは
言えません」

「だから、実際に農園へ足を運ぶことにした。カカオを育てている人に会う。
畑を見る。話を聞く。そして、農家が仕事を続けていける価格でカカオを買う。
正当な取引を続けることを選んだ。それは、社会貢献を掲げるためではない。
良いチョコレートをつくり続けるためには、良いカカオを育てる人が、その仕事を続けられなければならない。極めて単純なことだった。
生産者が暮らしていける。農園が続いていく。
だから良いカカオをつくり続けることができる。そのカカオを、KAISEIも買い続けることができる。

食べる人、つくる人、届ける人。そのどこかに無理を押しつけるのではなく、
関わる人が続けていける関係をつくる。
藤原さんが目指したのは、そんなチョコレートだった。しかし、理想だけでは事業は続かない。
ここから、KAISEIのもう一つの挑戦が始まった。

誠実であり続ける
ためには、
続かなければ
ならない。

生産者から、正当な価格でカカオを買う。
それは当然、原価が高くなる
ということでもある。
高品質な原料を使えば、
価格を上げればいい。
理屈だけなら簡単だ。
けれど、あまりに高価な商品になれば、
買える人は限られる。
売れなければ、事業は続かない。
事業が続かなければ、農家からカカオを買い続けることもできない。

「良いことをしているから、
事業として成立しなくてもいいとは思いませんでした。
続かなければ意味がない。
生産者との関係も、お客さまとの関係も、
続けられる仕組みにしなければならないんです」

長年ITの世界で仕事をしてきた藤原さん夫婦は、チョコレートづくりを感覚だけでは考えなかった。
原料。製造工程。設備。人件費。販売価格。
一円単位で見直した。
何が本当に必要なのか。
何を減らすことができるのか。
どうすれば良いカカオを正当な価格で買いながら、買う人に過度な負担をかけず、事業として続けられるのか。

長年ITの世界で仕事をしてきた藤原さん夫婦は、チョコレートづくりを感覚だけでは考えなかった。
原料。製造工程。設備。人件費。販売価格。
一円単位で見直した。
何が本当に必要なのか。
何を減らすことができるのか。
どうすれば良いカカオを正当な価格で買いながら、買う人に過度な負担をかけず、事業として続けられるのか。

余計なものを減らしたら、
カカオが残った。

原材料は、カカオと含蜜糖。乳化剤を使わない。白砂糖を使わない。
動物性原料を使わない。味を均一にするための加工を、できる限り減らす。

誠実な原料を使い、最小限の材料と工程でチョコレートをつくる。
それは、生産者との正当な取引を続けながら、事業を成立させるために選んだ方法だった。

同時に、その方法は、
悠さんと同じチョコレートを食べたいという最初の願いにもつながっていた。
アレルギーへの不安を減らすために、余計な原料を減らす。
事業を続けるために、余計な工程を減らす。
そうして減らしていった先に残ったのが、カカオそのものだった。
KAISEIでは、農園を混ぜない。一つの農園で育てられたカカオだけを使う。
油脂や香料を加えない。味を揃えるための加工も、可能な限り行わない。
すると、同じカカオ70%のチョコレートでも、味が変わった。

産地が違えば、香りが違う。農園が違えば、酸味が違う。同じ農園でも、
雨の量や気温、発酵の状態によって、毎年少しずつ味が変わる。
それは、藤原さんが以前から感じていた疑問への答えでもあった。
カカオは農作物なのに、なぜ市場に並ぶチョコレートは、どれも同じ味なの
だろう。その違いを消さずにつくってみると、カカオは驚くほど表情豊かな
食べ物だった。

「雨の多かった年には、
雨の多かった年の味がある。
それでいいと思うんです。
むしろ、その違いこそが自然の面白さじゃないでしょうか」

ワインにはヴィンテージがある。
コーヒーには産地の個性がある。
ならば、カカオにも、
その年だけの個性があっていい。
味を揃えないことは、
品質を諦めることではない。
カカオが持っているものを、
こちらの都合で消さないことだった。

同じ一枚を、
もっと多くの人が
囲めるように。

カカオと含蜜糖だけでつくる。乳化剤を使わない。動物性原料を使わない。
余計なものを足さない。その選択は、カカオの個性を残すだけでなく、アレルギーに不安のある人や、ヴィーガンの人にも選択肢を広げることになった。
けれど藤原さん夫婦は、それを偶然の副産物で終わらせなかった。

食べられる人だけに向けてつくるのではなく、できるだけ多くの人が同じ一枚を囲めるものにする。それもまた、自分たちがつくるチョコレートに必要なことだと考えた。ある家族には、アレルギーのある子どもがいた。兄弟が同じものを食べたがっても、一人だけ別のお菓子を選ばなければならないことがあった。

KAISEIのチョコレートなら、同じものを分け合うことができる。
宗教や文化、思想の違いによって、食べられるものが限られる人たちにも、同じ一枚を届けられることがある。

「誰かが我慢している前提で成り立つものって、
本当に良いものなんだろうかと思ったんです」

良いカカオをつくる人が、仕事を続けられる。
アレルギーや食の思想によって選択肢が限られる人にも、食べる楽しみが残る。
自然がつくったカカオの違いも、消さずに残す。
ここで、それまで別々に見えていたものが、一つにつながった。
生産者の暮らしを、こちらの都合で犠牲にしない。
食べる人の違いを、こちらの都合で排除しない。カカオの個性を、こちらの都合で消さない。
どれも、同じだった。
自分たちにとって都合のいい形に整えるのではなく、
そこにある違いを認めたうえで、続けられる方法を考える。
KAISEIの思想は、そこから生まれた。

揃えない。
取り残さない。
そのまま残す。

話を聞いていると、KAISEI chocolate laboratoryがつくっているものが、
単なるチョコレートではないことに気づく。
始まりは、アレルギーのある妻と同じものを食べたいという、
個人的な願いだった。
そして、開成町で誠実なものをつくりたいと考えた。
だから、生産者にも誠実でありたいと思った。
正当な価格でカカオを買うことを選んだ。
その関係を続けるために、事業として成立する方法を考えた。
余計なものを足さず、材料と工程をシンプルにした。
すると、カカオが本来持っていた個性が残った。
これまでチョコレートを自由に楽しめなかった人にも、
同じ一枚を囲める可能性が広がった。
誰かの無理を、良いものをつくるための必要条件にしなくていい。
藤原さん夫婦がたどり着いた答えだった。

「自然に良い年と悪い年が
ないように、
人にも良い個性と
悪い個性はない。
違うことそのものに
価値がある。
私はそう考えています」

自然の違いを消さない。食べる人の違いを遠ざけない。
生産者の暮らしを置き去りにしない。誰かのために、誰かが我慢する仕組みにしない。
違いをなくすのではなく、違いがあるまま、続いていける方法を考える。
それが、KAISEI chocolate laboratoryの選んだチョコレートづくりだった。

カカオはフルーツ。

だから毎年、少しずつ違う。
KAISEIは、自然が生んだ個性を消さない。
その違いまで、味わうために。